やんぶろ 〜モザンビーク起業編〜

Bom dia!やんぶろはアフリカのモザンビークから、時差7時間でお届けします

物事を割り切らない強さ

割り切りとは、魂の弱さである

文芸評論家の亀井勝一郎氏の言葉だ。

僕はこの言葉を大学時代、ソフィアバンク代表の田坂広志さんのpodcastで知った。

大学時代に聞いたこの言葉を、今に至るまで胸に留めて生きている。

割り切りとは、辞書によると「一定の基準で物事の結論をきっぱりと出す」と書いてある。

要するに、物事をゼロか100で判断する。そういうことを割り切りという。

時々「人生割り切って楽しもうぜ」といった発言を聞くことがある。

今でも記憶に強く残っているのが、大学休学時代、既に大手企業へ就職していた友人から

「会社に入ると、物事を割り切って働く人の方が仕事もできて出世してる。お前も考え過ぎずにさっさと就職しろよ」

と言われたことだ。

反論する知識も経験もなかったが、冒頭の亀井勝一郎氏の言葉が頭に残っていた僕は、その考えに染まること無く生きてきた。

今回、対象としては10〜20代を意識して記事を書いている。

伝えたいメッセージは、物事を割り切らない強さを持ってほしい、ということだ。

物事を割り切ることには、2つのマイナス点があると思っている。

1. 断定することで、思考が停止する

2. 断定することで人の考えを操作してしまう

□目次

1. 断定することで、思考が停止する

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Lukas BieriによるPixabayからの画像


人は物事を断定すると、その先を考えなくなる。
〇〇は悪だ、と決めつけるとその先の事、例えばその〇〇に対しての背景や良い側面を考えなくなる。

尊敬する人の言葉が100%正しいとは限らないのに、盲目的にその人の考えを信じていないだろうか?

あの人の言うことは間違いない、という考えは、自分で思考することを放棄する行為だと思う。

人は断定する/されることを好む。
なぜなら、いちいち全ての良し悪しを判断する時間はないから。
断定することで思考を停止してよくなり、気が楽になる。

でもそうすると、自分の考えが深まる機会を失ってしまう

日本の最近の出来事で言えば、去年は闇営業が話題になった。
闇営業がいけないこと、というのはわかるけれど、『何がいけないのか』『どうしてそんな問題が起こっているのか』『今後どうしたらその問題は無くなっていくのか』

そこまで考える必要があると思う。


ニュースやワイドショーで闇営業が非難されていた=闇営業は悪いこと
という決めつけは、他人に思考を停止させられた状態だと思う。

この件について、僕なりに整理した情報を箇条書きで書いていく。

(1)なにがいけなかったのか

反社会的勢力から金銭を受け取った事実

  → もし芸人たちが反社と認識した上で金銭を受け取っていたなら、犯罪となっていた

会社を通さずに仕事を受注したこと

  → 脱税の疑い

という2点において、犯罪の疑惑が生じたこと

(2)どうしてこんな問題が起こっているのか

・芸人が個人で業務を受注するのをウヤムヤにしてきた環境

・反社会的勢力と付き合うことによるリスクを、芸人が把握していなかった

・反社会的勢力の見分けは、会社規模でも難しい現実

(3)今後どうしたらその問題が無くなるのか

・反社を見分ける力を企業が身につける

・芸人の個人業務受注について、明確なルールを定める

・反社と付き合うリスクを、芸人個人も理解する

 
上記はただの一例だ。
要するに、情報に触れた瞬間に物事を判断するのではなく、一度タメを作り情報を整理してみると、思考が止まらず自分の考えを深められる。 

2.  断定することで人の考えを操作してしまう

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Gerd AltmannによるPixabayからの画像


人は、断定した考えをする人を好む傾向がある。

自分が判断できないものを、断定してくれる誰かの考えにゆだねる。


本来、100%悪いことも良いことも存在しない

物事同士は複雑に絡み合っていて、負の面も正の面も存在する。

最近、若干ではあるけれど「モザンビークの〇〇についてどう思いますか?」と聞かれることが増えてきた。

そうした時の僕の回答は、いい面と悪い側面を述べて

「こういう条件なら良い/悪いと思う」という内容になる。


それを聞いた人は、ひどく納得のいかない顔をする。

特に、自分がどっちかに寄った見方をしている人だと、なんだこの中途半端なやつは?という反応をする。


断定に強さを感じるのは仕方がない。
反発されるリスクも兼ね備えているので、断定は勇気のある行為といえる。
なにより、わかりやすいから聞いていて気持ちいい。

だけど、断定によって他人の思考を停止させてしまうことがある
その危険性も忘れてはいけない。

僕がすごく残念に思うのが、大人が子どもや若者に対して「○○は悪いことだからね」と断定した情報を伝え、若い人たちが信じ込むことだ。

悪いことと断定するなら、公平な情報やプラス面も踏まえて伝えるべきなのに、自分が悪いと思うことには悪い情報しか与えない。そして先入観を相手へ植え付ける。


それはやってはいけないことだ。

若年層に必要なのは、拙くても自力で情報を整理し判断する習慣だ。

大人が我が物顔で断定した情報を流すと、貴重なその習慣が身につかない。

繰り返すが、物事に0か100の判断は存在しない。


あの悪の代表選手ともいえる、スター・ウォーズのダース・ベイダーでさえ、最後の最後で息子を救うために悪と立ち向かった。

あの悪の代表組織と名高い「黒の組織(名探偵コナン)」、その組織にいるベルモットだって主人公の工藤新一とヒロイン毛利蘭には優しい。


・・・例えが全く説得力の欠けるものだけど、伝えたいことは 

大人の断定した発言は、若者や子どもの思考を停止させる恐れがある

ということだ。

何気ない発言が若年層の思考や視野を狭める可能性のあることを、大人は知ったほうがいい。

物事を断定しないで生きるのは大変だけど、それが本当の強さに繋がる

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 Gerd AltmannによるPixabayからの画像


モザンビークに長年暮らしてきて、物事の良し悪しは一概に判断できないな、と強く感じるようになった。

 

青年海外協力隊、開発コンサルタント、起業、3つを現地で経験してきた。
いずれもいい面も悪い面もあった。特に負の面は、理想を抱き大学卒業後にモザンビークへ飛び込んだ自分へガツンと衝撃をくれた。

 

100%正しい行為は存在しない。

自分がどれだけそう思っても、他人からしてみたら見方は異なる。

個人的に、若者や子どもたちには

① 社会に流れている情報を鵜呑みにしないこと

  → どう伝えたら伝わるかわからないけど、世の中に氾濫している情報の多くは偏った物の見方で書かれている

② 自分なりに公平な情報収集を行い、自分の考えで物事を判断すること

  → そして、その自己判断が100%正しいと思わないこと
 
この2つを大切にしてほしいと思っている。

自分で考えて判断する作業は大変かもしれない。

世の中に溢れてる問題にうんざりし、物事を割り切って楽になりたいと思うかもしれない。

けど、気づいたら他人に流され自分の考えが全くない。そんな事態に陥らないために、どうか上記2点を念頭に置いて生活してほしい。割り切らない心の強さを身につけてほしい。

今回は以上です。最後まで読んでいただきありがとうございます!

 

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